大判例

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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)49号 判決

一 請求の原因1ないし3の事実(特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び審決の理由の要点)は、いずれも当事者間に争いがない。

二 そこで、審決に原告主張のような違法が存するか否かについて検討する。

1 引用例の記載について

審決は、引用例には「ガラスの光学繊維において、光がガラス表面に多数回反射することによる損失を防止するためにガラスの屈折率(誘電率)を直径方向にしかるべく変化させ、(光の)波動がその屈折率の一番大きな中心を進むようにしたものが記載されている。」としたうえ、「本願発明を引用例のものと比較すると、引用例は本願(A)の部分に対応し、屈折率nの分布について本願発明が限定したことについての記載はないが、その余は(A)の部分と同じである。」と認定している。

一方、成立に争いのない甲第一号証(引用例)によると、以下の事実が認められる。すなわち、引用例は、可視光線周波数帯及びその近傍周波数帯を包含する超高周波数の波(デシメートル波)のエネルギーの遠距離伝送過程におけるビームの分散を防止する方法に関する発明のフランス特許明細書であること、引用例には、光の伝送媒体として、「媒体の屈折率(有効誘電率)を導管中心部における最大値から導管の表面内側における最小値へと横断方向に変化させる構成」(二頁左欄六行目から一二行目)が好適である旨記載され、その実施形態として本願棒状ガラス体と同様に円柱状のものを示した第六図について、「誘電率が中心部における最大値から外縁部における最小値へと連続的に減少する単一のガラス25を用いる。このような型の円筒は、鉛の如き重い元素のイオンをガラス円筒中へ拡散させることによつて製造される。」(六頁右欄一九行目から二六行目)と記載されていること、右ガラス円柱体(円筒)の製造方法につき当業者が容易に実施できる程度に詳細な説明の記載はないこと、以上の事実が認められる。

原告は、引用例に右詳細な説明がないことを理由に、引用例記載のガラス円柱体は製造不可能であるから、引用例には本願(A)の棒状ガラス体に相当するものは記載されていない旨主張する。

しかし、前記本願発明の要旨によれば、本願棒状ガラス体についてはその製造方法及びガラスの材質につき何らの限定もないことが明らかである。そして、成立に争いのない甲第二号証の一によると、本願明細書の発明の詳細な説明の項には、本願発明の棒状ガラス体に関して、「本願発明者は、すでに特願昭四三―一六九八六号に詳しく述べたように、修飾酸化物を構成しうるある陽イオンであつて屈折率の増加に対する寄与度の大きなイオン、例えばタリウムイオンを含むガラス体を、修飾酸化物を構成しうる他の陽イオンであつて前記陽イオンよりも前記寄与度の小さなイオン、例えばアルカリイオンを含む塩に接触させてその接触表面からガラス内部に向つて屈折率が次第に変化する光伝送ガラス体の製造方法を提案した。この製造方法によつて得られるガラス体は、塩接触の温度と時間を適当に選ぶことによつて、ガラス体の断面における屈折率分布を中心から周辺に向つて極めて自乗分布に近い分布でもつて変化させることができる。」との記載があるだけで、その製造方法につき当業者が容易に実施できる程度の記載はないことが認められる。また、成立に争いのない甲第四号証(昭四七―八一六号特許出願公告公報)によると、前記特願昭四三―一六九八六号は、本願出願前の昭和四三年三月一五日原告によつて特許出願され、本願出願後の昭和四七年一月一一日出願公告されたものであること、その出願明細書の特許請求の範囲には、本願棒状ガラス体と同じ屈折率分布を有し、ガラスの材質につき一定の限定が付された光伝導ガラス体が記載され、発明の詳細な説明の項には、その製造方法について当業者が容易に実施できる程度の記載がなされていることが認められる。更に、前記甲第四号証(第二欄一一行目から第三欄六行目)によれば、原告主張の式Zを満足するガラス繊維が光伝送に役立つことは本願出願前から周知であつたことが認められる。

右認定の事実に基づいて考えると、材質等につき何らの限定のない本願棒状ガラス体は、式Zで限定した点を除き、これと屈折率分布が同じである引用例のガラス円柱体(円筒)と区別できない。もつとも、引用例には当業者が容易に実施できる程度のガラス円柱体の製造方法の記載はないが、引用例にガラス円柱体の屈折率分布を得る方法として、イオン拡散の原理を用いることが示されている以上、本願明細書が本願棒状ガラス体の製造が実際に可能であることを前提としているように、引用例もガラス円柱体の製造が実際に可能であることを前提としているというべきであり、特段の証拠がない限り、その製造が不可能であるとはいえない。その製造が不可能であるという原告の主張は単なる仮定に基づくものであるから採用できない。したがつて、本願棒状ガラス体は、屈折率分布につき周知の式Zによる限定を付した点を除き、引用例により本願出願前公知であつたと認めるのが相当である。

そうだとすると、引用例に関する審決の前記認定は正当であり、それが誤りであるとする原告の主張は採用できない。

2 本願(A)の棒状ガラス体に(B)の方法を用いた構成の容易推考性について

審決摘示の棒あめや二層構造のガラスロツドの内部分布が加熱延伸の前後を通じて変らず、相似であることは原告の認めて争わないところであるが、原告は右棒あめや二層構造のガラスロツドを加熱延伸する方法から本願棒状ガラス体を加熱延伸すること、すなわち、本願(A)の棒状ガラス体に(B)の方法を用いる構成を予測することはできない旨主張する。しかし、審決摘示のとおり、本願出願前から、本願棒状ガラス体のような形状のガラスロツドを原料としこれを本願(B)のように加熱延伸してガラス繊維を製造する方法が慣用技術であつたこと並びに多層構造のガラスロツドの加熱延伸後のガラス組成の分布状態は延伸前と異ならないことが当業者に周知であつたことは原告の明らかに争わないところである。そうだとすると、(A)の本願棒状ガラス体に(B)の方法を用いる本願発明の構成は、特段の事情がない限り、当業者が前記慣用技術に基づき容易に推考できたものであると認めるのが相当である。

原告は、本願棒状ガラス体は、審決摘示の多層構造のガラスロツドと異なり、幾種かの分子あるいはイオンがガラスのミクロ組織を不均一化してガラス層中に不安定な状態の相互関係の下に存在しており、そのイオンの分布状態は変動し易く、加熱延伸により変動することが予測されるものである旨主張し、成立に争いのない甲第五号証によると、直径一ミリメートルの本願棒状ガラス体と同様の屈折率分布を有するガラス体を六〇〇℃で長時間加熱すると、ガラス中のイオンの分布状態に変動が生ずるとの実験結果の存することが認められる。しかしながら、本願出願前に原告主張の事実ないし右実験結果が当業者一般に知られるなど、本願発明の前記構成を当業者が試みることを断念する程の特別な事情の存していたことを認めるに足りる証拠はない。しかも、本願発明の(B)の加熱延伸の構成は、前記のように、単に従来技術における加熱延伸法をとり入れたものにすぎず、本願棒状ガラス体における原告主張のようなイオン分布の加熱による変動について特に配慮した具体的構成を認めることができないものである。したがつて、原告の右主張は、本願発明の前記構成が容易に推考できた旨の前記判断を左右しえないものというべきである。

3 本願発明の効果について

原告は、本願発明が格別顕著な効果を奏する旨主張する。

しかしながら、原告主張の(1)の効果は、前記のとおり、本願発明の構成上当然に生ずる結果にすぎず、同じく(2)、(3)の効果も本願発明の(B)の加熱延伸の条件を単に種々設定することにより当然生ずるものとして予測されるものであり、結局、右各効果は、前記の慣用技術である加熱延伸においてみられる効果、すなわち、ガラス組成の分布は延伸後も延伸前と変らないことから当然に予測できるものと認めるのが相当である。したがつて、原告の主張は理由がないものといわなければならない。

三 以上の次第で、原告の主張はいずれも理由がなく、審決にはこれを取消すべき違法の点を認めることができない。

よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を棄却する。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

(A) ガラス組成が場所的に次第に変化しており、それにより、中心軸に対して垂直な断面において、その中心軸における屈折率をNo、中心軸からrの距離における屈折率をn、正の定数をaとすれば、n=No(1-ar2)(以下「式Z」という。)の式を実質的に満足する屈折率分布を有するある直径およびある長さの棒状のガラス透明体(以下「本願棒状ガラス体」という。)を、

(B) ある速度で加熱域内に前記透明体の長さ方向に相対的に進行させて、加熱域内の前記透明体部分をそれが変形しうる温度に加熱することと、前記加熱域から前記透明体を前記速度よりも大きな所定の速度で引き出して、加熱域を進行中の前記透明体の長さ方向に引張力を与えて、前記透明体を長さ方向に延伸することからなる、

(C) 前記直径よりも小さな二〇〇ミクロン以下の直径と前記長さよりも大きい長さと、

(D) 前記式Zを実質的に満足し、延伸前のaの値よりも増大したaの値を有する屈折率分布とを有する長尺の光通信用伝送繊維体(以下「本願繊維体」という。)の製造方法。

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